文化って何でしょう?
大学で文化特論って授業があって、教授はやたらと芸術の話をしてました。
当時民俗学がやりたかった私は、もうブーイングばっかしてました。
文化=芸術だったら、企業文化とか文化遺産とか、文化鍋とか文化包丁とかはどーすりゃいいのさ?
文化って生活から考えたほうが納得できるんじゃないですかね?
でも、まあ、文化=芸術って考えている人は多いですね。しょうがないとは思うんですけど。
例えば、文化政策。
多くの自治体が文化政策って言葉を使うとき、芸術文化政策の意味で使われてますね。
芸術文化って言う時は、文化の中の芸術カテゴリーについて語られるはずで、しかし、文化政策の中でポップカルチャー、企業文化、生活文化について語られることは日本では少ない。
そうなると、経済産業省あたりがクールジャパン政策を推進したりするという変な形が生まれる。
この縦割り行政の中では、文化庁はクールジャパンを取り組むことはまずない。
じゃあ、なんで経済産業省がクールジャパンをやるのでしょうか?
答えは簡単で、文化が金になるって分かっちゃったから。
金にならない文化は行政がやればいいみたいな間違った認識が文化という言葉すらも狭い領域に追い込んでいる、そんな気がします。
文化を考える時、「人はパンのみに生きるにあらず」という言い方をされてますが、「だから、余暇活動とか文化が必要」というのは間違っていると思います。
パンと同様に文化は人が生きるに不可欠なものである、というと乱暴に聞こえるかもしれませんが、
人間の生命活動以外の生活は全て文化であると仮定すると、仕事も教育も宗教も民俗もとりあえず、文化に括ることができます。
つまり、文化とはヒューマンフェイス、人の顔だと思います。
異文化を認めることは、他人の顔を認めること、宗教も信条も認めること、その意味において多文化共生が成り立ち、多様性に満ちたダイナミックな社会が構築できると。
社会はあっという間に人から顔を奪う化け物のような面があって、それが生き辛さを産んでいる現場をこれまで何度も見てきました。
創造都市は文化を都市の基軸においた初めての都市論じゃないかと思います。
それだけに取り組む価値があるという信念だけでやっているのですが、
じゃあ、私達の文化ってなんだろうという話になりますね。
次回は、そこんとこの話を能登麻美子さんから考えるということをやってみます。
お!やっと見当違いになってきた!